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カテゴリー「農業論」の記事

2018年5月12日 (土)

養分で育つという錯覚~いまの農業理論は廃れていく

Kimg1025自然農法の研究を始めて7年が過ぎました。当たり前のように育つ野菜たちを見ると、感慨深いものがあります。

いまだに「野菜(植物)は養分で育つ」と思い込んでいる現代農業の理論は、まもなく廃れていくでしょう。科学の進歩によって、いまはいろいろなことが判明しています。農業に関していえば、「植物と動物は違う」ということです。

字面だけを見れば「当たり前」のことなのですが、両者の生き方(成長と生命維持の方法)の違いについて、ほとんどの人があまりにも無頓着です。(もちろん、私自身も考えたことはありませんでした)

私たち人間も、ほかの動物も、生まれてから成長するために、何らかの栄養を摂取しています。そうしないと成長できないし、生命を維持できないからです。

そこまではわかります。

ところが、植物はまったく違います。なのに、人間を含めた動物(動き回る生き物)と、植物(動かず、その場で世代交代する生き物)の生態をごちゃまぜに考えているのが、現代の農業理論です。どういうことかというと、「植物は成長するために養分が必要である」といまだに錯覚しているということです。植物には養分など必要ありません。もちろん肥料も必要ありません。

いまの農業の教科書には、植物が成長するために必要な養分の解説に始まり、「いかに土を育てるか」といった変なストーリーを展開します。これは、科学的に誤りです。

土は、石であれ、粘土であれ、それそのものが植物にとって必要なミネラルの塊であって、育てるもへったくれもありません。大事なことは、そこにあるミネラルを植物がいかに吸収するかというだけのことなのです。

ミネラルの吸収を助けるのは微生物です。

そもそも植物は多様な微生物とセットで生きている生命体です。もとになる微生物は空気中にいるし、種にもくっついています。発芽すれば、あとは自動的に成長するだけです。

植物は葉緑素という、自前で生きるためのエネルギーを調達する能力を備えています。なので、太陽と空気と水があれば、どんな植物も勝手に育ちます。

ただし、必要なミネラルを吸収できないと、ちゃんと成長することはできません。そこで植物は根っこから糖分を出して微生物を働かせ、ミネラルを吸収します。人間が食べる野菜のように、進化した植物は、アミノ酸を合成する微生物も従えて、非常に効率よく成長することができます。

しかし、微生物が繁殖するのに適していない環境(たとえば通気性が悪いとか、水はけが悪い状態)だと、野菜はうまく成長することができません。逆に、微生物が繁殖しやすい土壌環境さえあれば、野菜は見事なぐらい自動的に成長するものなのです。それが自然農法の基礎理論です。

*もっとも、残念ながらこの理論はまだ仮説にすぎません。とはいえ、新発明である証拠として特許を取得している理論です。今後、協力してくれる研究者が出てくれれば、やがて仮説でなく定説になってくると信じています。

同じ「自然農法」あるいは「自然栽培」という言葉を使っていても、「野菜は養分で育つ」という考え方に縛られていると、「肥料は使わないけれど、植物を発酵させた堆肥は使う」というような矛盾したことになります。(堆肥は、ずばり有機肥料です)

「何か」を地面に混ぜ込むと、せっかくの微生物の住処が壊されます。すると野菜がダメージを受けます。土壌もダメージを受けます。

栽培方法という視点で比較して考えてみましょう。自然農法が本来の農業のあり方であって、肥料を使う栽培方法は「不自然農法」なのです。そろそろ、肥料という添加物を地面に埋め込む発想から解放されてもいい時期ではないでしょうか。

自分や家族の健康ために。将来生まれてくる子供たちのために。

なぜ現代人は病気が多く、身体がこんなにも弱いのか? ふだん食べているものについて、いっしょに考えてみませんか。

2018年5月 8日 (火)

世界の非常識 無肥料栽培

最近、とても興味深いことを知りました。欧米の農業に関する考え方に、「肥料を使わずに農作物を育てる」という発想がないということです。

当たり前と言えば、当たり前なのかもしれません。

先日から、アメリカ在住の日本人男性が、ボランティア活動の一環として歩屋の本社農場にお手伝いに来てくださっています。彼はマスメディアの仕事をされていて、すでにニューヨーク在住16年になるそうです。

農業に興味を持ち、いろいろ調べているうちに自然農法という考え方を知り、深く学んでみようと思ったそうです。日本では、自然農法あるいは自然栽培に取り組む人は増えているようですが、その中でもボランティア先として私の農場が選ばれたことは、とても光栄なことです。

ところで、日本に一時帰国する際に、ひとつ彼にお願いしたのは、欧米の農業事情について、とくに「無肥料栽培」の取り組みがどの程度進んでいるのかを調べてもらいたい、ということでした。

そして、Haluの農場にいらしたときにうかがったのが、今回の記事のテーマだったというわけです。

日本でも、「農作物を育てるには養分が必要だ」、だから「農作物を育て続けるには、肥料を入れなければいけない」という考え方が常識です。肥料を使わずに野菜を育てようとすると、露骨に嫌な顔をする人もいます。

しかし、肥料がなくても健康で美味しい野菜がたくさんできることは、すでにわかっています。なので、あとは農業や環境問題に関心のある人に、どうやって効果的に伝えていくかが私にとっての悩みどころです。

今回、彼がニューヨークに戻った際、アメリカ人に新しい変化が起きるかもしれません。それを想像すると楽しくなります。

2018年2月25日 (日)

種についての見解

昨年、国会で種子法の廃止が可決され、インターネットでは大騒ぎになっています。といっても、この問題に関心のある人は、全体から見ればごくわずかなのかもしれません。

廃止の実施は2018年4月1日だそうです。

さて、この法律の廃止が、Halu農法という独自の自然農法を実践している私たちにとって、どれほどの問題なのか、現時点での見解を示しておきたいと思います。

まず、基本的には、自家採種を基本にしている生産者であるかぎり、種子法の廃止はまったく問題にならないと考えています。

もっとも、種子法によって高品質の種が守られているのは米と小麦などの主要作物に限定されていることを踏まえると、歩屋は野菜専門なので、そもそも野菜農家には、あまり縁がない話だと思います。

実際、野菜の種子については日本の種苗会社が頑張っているようですから、巷で騒がれているように、「日本の食が外国の企業に支配される」という事態になるとは、とても考えられません。

ただ、将来的に私がコメ作りをしたいと思ったとき、自由に種モミを採種できないのは困ります。

いまの消費者はほとんど知らないと思いますが、日本の稲作では、そもそも種苗法や種モミの販売契約によって、お米の自家採種を禁止されているのです。そちらのほうが、私にとってはよほど大問題だと思っています。

私の理解が追い付いていないのかもしれませんが、種の問題は、もっと簡明に整理して、一般消費者に理解できるレベルで大いに議論されるべき問題だと思います。

ただ、ひとつだけ結論めいたことを書くとするなら、野菜に関してですが、ひたすら自家採種を続けていけば、法律で縛られることはまったくありません。むしろ、国家が無理やり採種をできなくしようとしても、人間が自然界の懐の深さにかなうはずがありません。

そして、国家権力とか、大資本による支配とか、そういう力に翻弄されないためには、私たち消費者ひとりひとりが自分で自家採種して作物をつくる経験を持つことが、とても大事なのだと思うのです。

いま、心ある人たちが「自家採種の大切さ」を訴え、実際に種を守る活動をしています。素晴らしい活動です。これがある限り、日本の農業は何ら問題はないと、素直にそう感じます。

種については、これからも折に触れてお伝えしていこうと思います。

2017年10月20日 (金)

社会不安を吹き飛ばす~ジャーナリスト宣言

Kimg0860_2Kimg0836_2ここ最近、秋雨前線の影響で雨が降り続いています。その合間をぬって一日だけ晴れた先日(17日)、人参を収穫しました。

やっぱり、肥料を使わない野菜の味は、身体に沁みる感じが良いですね。これまでは、なかなか上手にできなかった人参ですが、昨年春に千葉県我孫子市に開いた本社農場ではよく育っています。

Haluの技術も、時間とともに磨かれています。

人参の味は格別。。これが本当の食べ物だと確信します。

(ちなみに、1歳2か月の孫娘は、Haluの野菜で育っていますが、野菜大好きな赤ちゃんです。ものすごく健康で、元気です。最近の子供は野菜嫌いが多いとか、食が細いとか言われていますが・・・)

さて、8月24日に配信を始めたメルマガ。お陰様で、多くの方に読んでいただいています。

毎日1本、記事を配信するペースを守っていますので、現時点で記事数は、60回ぐらいになっています。

記事を書いていて思うのは、この地球は、素晴らしい世界だということ。あらためて、人間に生まれて良かったと、しみじみ思います。

同時に、いまの日本社会は、どう考えてもおかしいということ。いえ、日本だけではありません。世界中、おかしくなっている感じがしませんか?

メルマガでは、農と食について、すべて本当の話を書いています。

農業の研究者であり、生産者でもある私ですが、もともとの仕事はジャーナリストです。いままでジャーナリストの顔は封印していましたが、もう我慢できません。

医療が発達してるはずなのに、なぜ病気の人が増え続けるのか?

栄養学が発達しているはずなのに、なぜ成人病やアレルギーの人が増えるのか?

教育学が発達しているのに、なぜ不登校や自殺する子供が増えるのか?

なぜ日本人は、世代を超えて不健康になっているんでしょうか?

いろいろ言いたいことはありますが、大事なのは、私たち自身が「どう行動するか」ということだと思います。(いまの世の中の常識はウソだらけだと私は思っています)

他人任せでは解決策は見つかりません。

自分で自分と家族を守らなければいけない時代になってしまった。

でも、未来は明るいと、私は信じています。

そんな意識で記事を書いています。

2017年7月30日 (日)

Halu農法を活用した事業プランの提案

Halu農法の研究は着実に進んでいます。そこで、さらなる前進のために、以下の事業プランを提案したいと思います。農業関連だけなく、あらゆる業種に関連する提案です。いまの閉塞感を破り、明るい未来を切り開きたいと考えている方に、ぜひ取り入れていただきたいプランです。
 
以下*****
 
Halu農法を活用する事業プラン
 
 
1. 原料自社生産 (対象:加工食品メーカー)
2. 従業員の福利厚生 (対象:すべての企業) ⇒ パワースポットの造成
3. 自然環境学習の場 (対象:幼時から大学までの教育機関)
4. 腸内細菌叢を整える新薬の研究開発(対象:医薬品メーカー) ⇒ 人間だけでなく動物も対象


1. 原料自社生産
 加工食品の原料を自社生産するプロジェクトです。心から安心して食べられる食品づくりを理想に掲げる食品メーカーへのご提案。耕作地が小面積で点在していても、一定地域内の農地であれば、効果的に作物を栽培することができます。栽培方法は、露地栽培を基本とします。この場合、作付は年間1~2作となりますが、灌水設備(井戸)を設置したり、ハウスを設置すれば、より効率よく栽培することができます。

 作物の共生微生物が十分に繁殖するまで約1年半~2年の時間が必要です。

 農地としては耕作放棄地が適しています。粘土質あるいは砂地など、土の状態は問いません。また、直近まで栽培していた農地の場合、農薬や肥料の影響が消えるまで2~3年かかる場合があります。その際でも、少量は収穫が見込めます。
 
2. 従業員の福利厚生
 いま、食べ物にアレルギーを持つ人が増えていると言われています。あるいは、野菜嫌いの子供も増えているそうです。その原因は、なぜか明確になっていません。しかし、多くの人が、農薬の使用に対して、大なり小なり疑問を感じているのではないでしょうか。

 危険なのは、農薬ばかりではありません。農薬を多用した牧草などの飼料作物を大量に食べる家畜の身体には、毒性を持った物資がどんどんたまっていきます。それが糞尿として濃縮されて排出されるわけですが、その糞尿を発酵させた肥料もまた、アレルギーの原因として疑われます。実際、農林水産省からは、家畜の糞を原料とする肥料によって、畑作物の被害が出ているという警告文書が全国の生産者に発せられています(当社にも送られています)。

 当社のHalu農法の技術は、上記のような不安要素を一切なくすために開発したものです。同時に、Halu農法の畑には、あらゆる生き物が生息し、清浄な空気と精気が満ち溢れています。
 大きなストレスにさらされている現代人にとって、Haluの畑で過ごす時間は、心地よい癒しの時間になるでしょう。ちょっとした農作業も、良い運動になります。何より、収穫物を安心して食べられる充実感は、従業員だけでなく、そのご家族にとっても、かけがえのない経験になるでしょう。

 広い畑でなくとも、Halu農法は活用できます。素晴らしいパワースポットを造成するご提案です。福利厚生の場として畑を造成する場合、造成開始から生態系の変化が見られるため、すぐに癒しの場としてご利用いただくことができます。

 このプロジェクトは、近くに畑がない都市部のビルでも取り入れられるよう、大型のプランター栽培キットを開発中です。(このプランターは特許出願中です)
 

3. 自然環境学習の場
 環境学習の場として「ビオトープ」が以前から注目されています。従来のビオトープの造成方法とは異なり、Haluの技術はとてもシンプルで、土地の形状を整えるだけで、あらゆる生き物が棲みつくという効果が得られます。

 とくに、従来のビオトープが「人間以外の生き物」を対象にした生態系を目指しているのに対し、Haluの空間は、「私たち人間も生態系の一部」であるという考え方に基づいています。私たち人間という種族も地球の生き物の仲間です。精一杯生きる努力をするという意味で、私たちの食べ物を栽培し、その場で生きる糧を得る努力をするのです。そこで実現する生態系は、「大自然は、無条件で私たち人間の食べ物を与えてくれる」という深い安心感を、子供たちに与えてくれるでしょう。

 以前、小学校の理科の学習の際、ミニトマトの栽培について問い合わせをいただいたことがあります。業者から購入した栽培キットを使い、全児童がミニトマトの栽培に取り組みました。ところが、すべてのミニトマトが枯れてしまったのです。

 その様子を見に行くと、どうやら肥料と水のやり過ぎではないかと推察されました。心と身体の成長期に、こうした失敗体験を積んでしまうことに、農業技術研究者としてとても胸が痛みます。

 従来の技術では肥料と水は必須だと教わりますが、まず、Haluの技術は肥料を使いません。水を適度に与えれば、植物はとても順調に育ちます。肥料や農薬を使わずとも、いろいろな植物が育つという体験は、それ以降の心の成長に、大きく役立つのではないでしょうか。

 これまでの理科の教科書とは異なる考え方ですが、学びの場に最新の研究成果を取り入れることは、本当に有意義なことである、というご提案です。
 
4. 腸内細菌叢を整える新薬の研究開発
 いまでも乳酸菌、ビフィズス菌といった微生物関連の薬品や飲料が人気のようです。腸内細菌叢を整えることは、免疫力を高める効果があると考えられています。一方、人間の腸内細菌叢は、自然の土壌微生物叢ととても似ていると言われています。Haluの畑は、健康な野菜を育てる共生微生物が繁殖しており、私たち人間の理想的な腸内細菌叢に近いものであると推測されます。

 これまで、Haluの畑にくる犬が、好んで畑の土を食べる様子が確認されています。Haluの土壌微生物から、将来、人間の健康増進に役立つ微生物や、微生物の代謝物が発見されるかもしれません。

 このほか、農薬も肥料も使わないHalu農法は、より自然に近い漢方薬の栽培にも適していると考えられます。高品質の薬草栽培を可能にするものであるというご提案です。

以上、近く歩屋の事業として募集を開始する予定です。

2017年4月 2日 (日)

基幹産業へ~農業論その2

きっと、多くの人が、心の中では確信しているのかもしれません。農業は、“成長産業化”などというテーマで論じられるべきものではなく、人類社会の基幹産業として位置付けられるべきものです。

さらに、農業の基盤がしっかりすれば、ごく自然に経済は上向いていくでしょう。なぜ経済学者から、そのことを主張する声が出てこないのか、理由がまったくがわかりません。

経済学を修めた人が共有する基本的な知識があります。これを外して経済学は考えられないほど重要です。それは、経済を潤す基本となるものは何か、という視点です。マスメディアで報じられることもないので、経済学に興味のない人にとっては、知る術はないかもしれません。

答えは「人口」です。

人口が増えれば経済は拡大し、減れば縮小します。人は、消費者でもあり生産者でもあります。とくに消費する人がいなければ、経済が縮小するのは当たりまえです。そこで、短絡的に「子どもを産みなさい」という教育者が現れて問題になったり、子育ての負担を軽くして、何とか若い女性に子どもを産ませようという政策が出てきます。

その一方で、さらに奇妙なことがあります。もはや人口が増えるあてがない。そこで政府(だけでなく政治家全般、官僚、学者のほとんど)は、人口減少を前提に、一人当たりの消費量を増やして経済を拡大しようという政策に突っ走っています。

これ以上、不要なものが増えて、私たちは幸せな生活が送れるのでしょうか。

さて、どうすれば人口が増えるのか。
これは単純明快です。食べ物を増やせば良いのです。食べ物が増えれば、種族は増える。人間だけではありません。イノシシも、シカも、サルも、食べ物が増えれば個体数は必ず増えます。

微生物も昆虫も、食べ物が増えれば個体数が増えます。ひとつの種が増えると、やれ害虫だ害獣だと人間は騒ぎ立てますが、理由は彼らの食べ物が増えているから、というだけのことです。

人間は例外でしょうか? そんなわけがありません。食べ物が増えれば、人間は必ず増えます。黙っていても、経済は拡大します。

たぶん、そのことは多くの経済学者が分かっていることだと思います。ところが、なぜその政策が出てこないのかというと、現在の農業技術では、作物を大量生産することができないからです。

農業技術はいまが最高度に成熟していて、これ以上の進歩がほとんど見込めない、と多くの農業関係者は考えています。だから、遺伝子組み換えとか、植物工場のような、極端に自然から距離をおくような技術に走らざるを得ません。

いま必要なのは、無限に食糧生産できる本物の技術です。Halu農法もその一翼を担える技術だと思っています。要するに、まったく新しい視点の農業技術を開発することが、いまの社会の閉塞感を打破する最も有効な手立てに違いありません。

かんたんに言い換えると、街路樹や庭の柿の木が、自然に大きく育ち、美味しい実を成らせる仕組みを研究し、農業に活用する技術こそ、いま必要なのです。

ただし、発想を変えることは、とても難しいことです。いまの農業分野が急激に変わることは考えにくいので、担い手が増えないまま没落していくでしょう。おそらく、新規参入を志す人たちによって、日本の農業が新しい道を歩き始め、社会は再生していくように思います。そして、その波が世界に広がり、地球規模で経済社会が変革していくことでしょう。

その先に、戦争で命を奪い合うことのない、飢える恐怖もない、平和で豊かな社会が待っているのだろうと思います。

2017年3月31日 (金)

農の道は真理の道~農業論その1

農業を取り巻く日本の情勢、世界の情勢に楽観していて大丈夫でしょうか。いま、Halu農法によるイチゴ栽培の研究中ですが、Haluのイチゴと、慣行栽培のイチゴを食べ比べてみて、「いまの農作物を子供の世代が食べ続けていけば、いずれ人類は滅びる」という妙な不安感に襲われました。

Halu農法でイチゴを育てているからには、慣行栽培のイチゴの味も確認しなければいけないと思い、今年はやむを得ず食べることにしました。ところが、舌が痺れるのです。初めは私の妻が気づきました。

「前は、これがイチゴの味だと思っていたけれど、Haluのイチゴを食べた後だから、はっきりわかった。舌がピリピリする。農薬の影響じゃないかしら?」

私も意識して味わってみました。ほんの少しですが、確かに痺れるようなピリピリした感じが残ります。この感じ、以前に外国産のアーモンドを食べたときに経験した痺れを思い出しました。

アーモンドを食べたときの痺れはひどいもので、数時間、口の中全体がマヒしたような感じになりました。それを過去2回も経験しています。もちろん、残留農薬の影響でしょう。商品としては出回ってはいけないものが、無造作に売られているのが現状です。

イチゴについては、アーモンドの痺れほどひどくはありません。しかし、確かにピリピリします。この感覚は、Haluのイチゴを食べていなければ、一生気づかなかったかもしれません。(Haluのイチゴを食べて、ピリピリした感じは一切ありません)

大抵の健康な人なら、毎日食べるものではありませんし、あまり問題にならないのかもしれません。それに、ちょっとした味の違和感があっても、人間はすぐに順応してしまいます。いつの間にか私の味覚も、かなり鈍っていたことを実感しています。

そんなこともあり、このブログに「農業論」という新しいカテゴリーを加えることにしました。Halu農法は、肥料や農薬を使わない、安全第一でしかも美味しく、量産できる農業技術として研究を進めています。しかし、農業技術であると同時に、本当の幸福な社会を構築していくために、とても大事な哲学を含んだ技術でもあると確信しています。そのことを、自分の頭を整理する意味でも、文章にしようと思いました。

人類の歴史、地球の歴史、宇宙の歴史をひもといたとき、この地球上に住むすべての生命が、みな関連し合って共存していることは自明の理です。そのことに気づかない現代人の多くは、たんに自分たちの食べ物をつくるためだけに肥料を使い、さらに農薬を使います。

そもそも不健康な弱い野菜や果物は、病気や虫に“淘汰”されるわけですが、それは自然の摂理にほかなりません。その摂理に反して、薬によって微生物や虫のほうを殺す現代農業の歪んだ考え方について、いま私たちは、きちんと正面に見据えて考え直す時期に来ていると思います。

まず大事なこととして、Halu農法は次のことを提案しています。
1. 誰一人排除しない。(子供から高齢者まで、障害の有無もなく働ける農場である)
2. 何一つ排除しない。(微生物も昆虫も雑草も、すべてがかけがいのない存在である)
3. いつでも心穏やかに和やかに。(怒りや不安なく、安心して過ごせる場である)

私たち人間は、幸せになるためにこの世に生まれてきます。それならば、みなが幸せになるために、大真面目に考え、工夫し、実行することこそ、一人ひとりの人間に与えられた使命ではないでしょうか。そして上記3点は、農場を経営する際の考え方でもあり、同時にみなが幸せに暮らせるコミュニティーのあり方でもあります。

まず、人間の生活に必要なことは、衣食住を整えることです。ありがたいことに、衣と住に不安を持つ人はほとんどいないでしょう。つまり、現代社会の不安の根源は、ずばり「食の不安定さ」にあります。しかも、衣食住のうち、「食」がもっとも優先度の高いテーマなのに、いまの政治は不思議なことにそこを問題視していません。政治だけでなく、マスメディアも、研究者も、その不安の根源から目をそらしているように見えます。

いえ、ひょっとすると、本当に見えていないのかもしれません。

ほんの少し、立ち止まって考えれば答えは見えてくるはずです。食が整えば、人は争わずに済むでしょう。スポーツの競い合いは、観戦しても楽しめますが、殺し合う戦争はいけません。食を整えるための「農の道」は、人類が幸せになるための「真理の道」であると思います。

以前、「農業の心は福祉の心」というテーマで記事を書いたことがあります。今回はさらに掘り下げて、「農の道」について考えてみました。