カテゴリー「無肥料栽培の理論」の記事

2016年9月 6日 (火)

Halu農法とは

Halu農法の説明について、いろいろな表現を探しています。少しでも多くの方にご理解いただきたいと思い、まずは会社のサイトの文章を書き替えてみました。

「特許技術」の概要です。⇒こちらをクリック

いったいHalu農法とは何だ? という説明なのですが、まだまだ分かりにくいかもしれません。最近は応援してくださる方が増えています。みなさまからのご意見をふまえて、どんどんわかりやすい説明に変えていくつもりです。

2016年9月 2日 (金)

野菜の共生微生物を発見!?~Haluの世界その15

という説明のほうが伝わりやすいのかな?

親しくしている方々には、Halu農法という名称がわりと抵抗なく使っていただけるようになりました。次のステップとして、肥料も農薬も使わないという、いわゆる“自然農法”に興味を持った方に対して、うまくHalu農法の考え方を伝える工夫が必要になってきたと、最近は強く感じています。

いままでは、共生微生物の存在を「すでにあるもの」として扱ってしまっていた(そう表現してしまっていた)ためか、従来の自然農法や自然栽培と違う技術であることが、どうしても理解されにくいように思います。

自然農法を含む今までの農業技術に、共生微生物という考え方は存在しません。ただし、肥料栽培の補完的な働きをする有用微生物(=これもVA菌根菌など一部は共生微生物と呼ばれたりするので、混乱の原因になっています=)の研究は盛んです。ですので、肥料の助けを必要としないで、純粋に野菜と共生する微生物が存在すること自体、よくよく考えると“とんでもない発見”なんです。(自分で言うとただの自画自賛になってしまいますが・・・)

この発見は、もちろん私の発見ではなくて、もう30年以上も前の文献に「自然状態にあるかぎり、植物は本質的に共生生物なのである」と書かれていて、研究者により共生微生物の存在は指摘されていました。私はその一部を検証したにすぎません。

とはいえ、人間の食材である野菜で検証した人は、少なくとも日本ではいないのだと思います。たぶん、日本以外でも。

つい先日、ある著名な自然農法家のDVDをいただいたので、何気なく見ていると、とても印象深いコメントが記録されていました。雑草を何度も積み重ねていくことで、それ(雑草の死骸)が肥料分になっていく。土が肥えていくから、人間が肥料を入れなくても野菜が育つのだと。

そして、こうもおっしゃっていました。「自然農法は野菜がたくさん採れないから、生活できないと言われている。しかしそうではない。最初は肥料を使えば、そこそこ野菜は採れる」と。

なるほど、結局は土に養分がなければ野菜は育たないという考え方が前提なんですね。そこがHalu農法と大きく違う点なんです。養分がまったくなくても、共生微生物が繁殖していれば野菜は大きく、美味しく育ちます。大事なことは、どうすれば共生微生物を繁殖させることができるのか。

この秋から、広く情報を公開していく準備をしています。先日からお知らせしているプランターキットの販売をはじめ、Halu農法の家庭菜園を数か所で開設する計画です。栽培マニュアルや講座で、関心のある方を対象にノウハウをお伝えしていきます。

2016年7月12日 (火)

常識がひっくり返る面白さ

Kimg0047このブログで紹介している技術をHalu農法(ハルのうほう)と呼んでいます。●●農法と書くからには、それなりの覚悟と周到な準備をすすめ、特許を取得し、商標登録し、実際に野菜を作り、出荷して売り上げを立てるという点で、確実に成果を積み上げています。

2016年の年始のご挨拶に対し、「食料生産をお遊びでやらないで頂きたい。」と手厳しいコメントをいただくこともありましたが、最近では、畑を訪れ、目の前で生き生きと育つ野菜を見る方たちは、どなたも憑きものが取れたような晴れやかな笑顔を見せてくださいます。

そして、みなさん同じようなことをおっしゃいます。「自分の常識がガラガラと音を立てて崩れていく」と。それをとても嬉しそうに。

いまの畑は、Halu農法の現時点での完成形をしています。人間は、ただ種を播くだけで、単一品目を大量に栽培することができる。もちろん、肥料も農薬も、植物系の堆肥や雑草、あるいは培養した微生物やミネラルも、一切土の中に入れません。必要がないからです。

提携農場のほうも、ほとんどの方は農業未経験者ですが、ちゃんと成果を上げています。

今年は、とくに農業分野で大きな変化が訪れています。従来の技術の延長で頑張ろうとする流れがある一方、まったく新しい概念で食文化を創造していこうといううねりが起きています。食文化というと漠然とした感じもありますが、その基盤になっているのが、「新しい生産技術」です。Halu農法は、その一端を担うことができる技術だと考えています。

実はいま、プランター栽培の実験を続けています。ものすごく順調です。早ければ秋口にも商品化できるでしょう。都会のマンションのベランダで、安全で美味しい朝採り野菜を食べることができます。

種を播き、水やりするだけ。何も入れず、半永久的に栽培できる夢のプランターです。(プランターの形状に工夫があるので、実用新案の出願をする予定です。)

この技術、きっと植物工場に応用できるはずです。

液体肥料はいらない。だから薬も使わない。部屋を無菌状態にする必要はない。水と光だけで健康で栄養価の高い野菜が育っていくのです。大都市の地下に農場を開いても良さそうですね。

これからの日本は、本当に面白くなると思います。

(写真は、今朝のスイカです。やや遅めですが、あちこちで雄花が咲き始めました)

2015年10月26日 (月)

共生微生物の威力~Haluの世界その14

肥料を使わずに、野菜は大きく育つのだろうか?
また、単一作物を大量に作ることができるのだろうか?

現時点で、ごく一般的な疑問だろうと思います。たとえば、私の畑の場合、同じ畝でも育ち方が違っていて、信じられないほど早く、大きく育つところがあります。土壌改良中によく見られる現象です。

ところで、きょうのタイトルは、常識的に考えると「共生微生物の力」とすべきかもしれません。それをあえて「威力」と書きました。それが私自身の実感だからです。言葉そのものは、あまり良い意味で使われることはなく、どちらかというと人を無理やりに従わせようとする悪い意味で使われます。ただ、私には、人の常識を書き換えてしまうほどのインパクトがあるという確信があります。「威力」という言葉を使ったのは、そういう理由からです。

さて話を戻して、今朝の畑の写真をご覧いただきます。9月20日に播種した畝のダイコン。それに9月29日に播種した畝のダイコンの様子です。全体を見渡すと、それなりに育っている、つまり、20日に播種したダイコンはそれなりに、29日に播種したダイコンもそれなりに育っています。ところが、なかに突出して大きく育っている株があります。

9202920まず、9月20日に播種した畝全体と、そのなかで特に大きく育っている株の写真を並べました。播種から37日目。すごいスピードで成長しています。根っこもそれなりに太くなっています。9月6日に播種したダイコンを追い越す勢いです。そして、もっとすごい株がありました。

次は9月29日に播種した畝全体と、そのなかで特に大きく育っている株です。播種からわずか28日。素晴らしいスピードです。断言はできませんが、おそらく肥料栽培のスピードを超えているのではないかと思われます。そして、これがHalu農法の標準形になる、というのがきょうのテーマ「共生微生物の威力」です。
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この写真を見たとき、「この場所だけ養分があったんじゃないか」という反応がありそうですね。私も数年前まではそう思ったでしょう。いまでは、共生微生物の働きによるものだとしか表現しようがありません。

土壌改良の途中では、こんな感じで、生育状況がデコボコします。そして、野菜を作付するほどに、共生微生物(私は創造型微生物群と呼んでいます)が繁殖し、写真のような超スピードで成長する姿が全体に広がっていきます。そのことは、2012年から2013年のミズナの連作栽培で経験済みです。

どういう試練なのか、野菜ができ始めると返却を迫られて、ミズナやスイカができた畑は、すべて地主さんに返却しました。今年、これまでまともに野菜ができたことのない畑だけが残りました。きっと、それで良かったのです。難しい条件を克服してこその技術。この畑で野菜ができなければ、「特許農法」もへったくれもありません。

実際のところ、土壌改良するためのノウハウが積み上がったので、ついにこの畑でも野菜ができるようになりました。改良の進行具合を表現すると、耕作放棄地で今のノウハウを使って改良を始めたとして、ちょうど2年目にあたる感じででしょうか。

つまり、かなり条件の悪い土地でも、2年目から野菜は収穫できるようになる、ということです。共生微生物は、どんどん増えますから、来年からは、本当に楽に野菜が育ってくれるようになるでしょう。こうなると、畑は面白くてしようがありません。

2015年7月27日 (月)

●●●●~Haluの世界その13

大変申し訳ありません。

ここに掲載されていた記事は、特許技術との関連が大きいため、削除いたしました。

2015年7月22日 (水)

"肥沃な土地"の真実とは?~Haluの世界その12

だれもが「当たり前」だと思っていることの裏に「真実」が隠されている。別の言い方もあります。「常識を疑え」。マスコミの世界に長くいた私自身の体験にもとづく考え方です。

農業にかかわったり、あるいは家庭菜園に興味をもって本を読んだりすると、「肥沃」という言葉によく出会うでしょう。この「肥沃」という言葉が、現代農業を袋小路に迷い込ませる原因のひとつではないか。そんな気がします。

私が最初にこの言葉に出会ったのは歴史の教科書です。”肥沃な三日月地帯”という言葉に見覚えはありませんか? メソポタミアという古代文明が興った場所で、農耕文化発祥の地とされています。そして、古代から現代まで、「農業」と「肥沃」は切っても切れない関係にあります。

さて、「肥沃」の意味を子供に聞かれたら、どのように答えますか?

おそらく、農作物が良く育つ肥えた土地、つまり養分をたっぷり蓄えた土地といった説明が浮かぶのではないでしょうか。

1なぜ、こんなテーマを取り上げているのかというと、もちろん、この考え方に異論を唱えるためです。写真は、今朝の私の畑で撮影したカボチャです。昨年の実績から考えて、このカボチャは2~3㎏にはなるはずです。しかも、1株に何個も実をつけるでしょう。けれども、この土地に養分はありません。断言します。

「養分がないのに、どんな野菜でも育つ土地」
「種を播けばどんどん育ち、たくさん収穫できる土地」

そんな土地こそが「肥沃な土地」の正体ではないかと推測しています。つまり、土壌環境が共生微生物にとって最適な状態にあるため、どんな農作物も育つし、連作するほどに質も量も上向いてくる。だからこそ、農業が始まったのではないか、という推論です。

食糧が増えると人口も増えます。食糧を増産する必要がありますが、すると農地を開拓しなければいけません。しかし、そんな都合の良い土地がごろごろ転がっているわけではないので、そこから農業の苦難の歴史が始まったのではないでしょうか。

当時は、微生物の知識もないわけですから、「肥沃=養分をたっぷり蓄えた状態」と理解したとしても仕方がありません。そして、それが7千年ものあいだ、ずっと私たちの先入観として植えつけられてきたのではないでしょうか。「農業には肥料が必要である」と。

「肥沃」という言葉の意味をもう一度確認しましょう。

Haluの世界において「肥沃」とは、「共生微生物が繁殖しやすい環境にあること」です。「養分」は無用です。むしろ、へたに「生ごみ堆肥」など混ぜようものなら、たちまち環境が壊れてしまうので要注意です。

2015年7月19日 (日)

安全な農産物の基準とは?~Haluの世界その11

「食の安全」という文字があふれかえっている世の中ですが、そもそも「安全な農産物」とはどんなものなのでしょうか──。

ちょうど今の時期、日本の‟原風景”とも呼ぶべき水田には、ラジコン飛行機から強烈な農薬が散布されています。距離が離れた私の畑のほうにも、臭いが漂ってきます。水田だけではありません。夏には、晩酌のお供になる枝豆。数日に1回は、防毒マスクをつけてシャワーのように薬を散布しています。

私の畑は、普通に農作物を出荷している農家の畑に囲まれていますので、肥料や農薬をじゃんじゃん使って栽培する様子を、自分のこの目で見ています。

この光景は、まず一般の消費者には届かないでしょう。テレビ番組では、旬の野菜を取り上げ、野菜農家の作業の様子を取材するシーンをよく見ます。しかし、農薬をじゃんじゃん使っている映像なんて、少なくとも私は見た記憶がありません。

生産者と消費者は、はっきり言うと「別の世界」で暮らしているように、私には見えます。それだけではありません。生産者と消費者の中間にいる「加工業者」「流通業者」「飲食店」にかかわる人の立ち位置も、私から見るととても不安定な状態に見えます。

1. 生産者は、本当に安全な農産物を、消費者に提供しようとしているのでしょうか。
2. 食品加工業者や流通業者は、本当に安全な食べ物を消費者に提供しようとしているのでしょうか。
3. そもそも消費者は、本当に安全な食べ物を求めているのでしょうか。

この問いかけは、まだ今の日本では「タブー扱い」かもしれません。多くの人が疑問に思いながらも触れてはいけないテーマになっている気がします。

しかし、私は自分が「安全な農産物」を求めたときから、このテーマに正面から向き合ってきました。ですから、初めから目指したのは無肥料・無農薬です。

農薬が健康を害するのはすぐに想像がつきますが、実は肥料もかなり危ないのです。家畜のエサに、大量の抗生物質が混ぜられていることは、いまや当たり前です。病気が発生すると、家畜は全滅します。抗生物質は不可欠です。それは、現代農業の野菜も同じです。病気に弱い。つまり不健康な生命体だということです。

その家畜から「不要なもの」として排出されたもの(糞尿)を、なんと今度は野菜づくりのために使っているのが現実です。そして、農薬は使わないという有機栽培。薬を使わないけれど、人間の手で‟害虫”をつぶしまくります。

この文章は、もちろん現代農業(畜産を含む)に対して、疑問を持っているという視点で書いています。ただし、先ほどの3点の疑問に対して、全く気にしていないか、または、気にしているけれど諦めている人たちを否定はしません。それしか選択の余地がなければ、おかしいと分かっていても、それを選ぶしかないのですから。

けれども、ここが私のスタートラインです。安全を脅かす要因とされる農薬と肥料、この両方を絶対に使わない。微生物資材やミネラルも一切使わない。それで農産物ができないのなら、この分野から手を引く覚悟をしていました。

ですから、Haluの安全の基準は、「何ひとつ畑に入れないで野菜を栽培する」という1点のみです。とくに「無農薬」よりも「無肥料」であることの重要性を理解してくれる人が、少しでも早く、少しでも増えてくれることを願わずにはいられません。

先日、「無肥料の野菜」という表現に対する一般的なイメージについて知り合いと意見交換していると、大変ショッキングな答えが返ってきました。「無肥料の野菜と聞くと、栄養価が低い野菜というイメージ」を抱く人が多いのだそうです。「食の安全」はもはや形骸化しているということでしょうか。

2015年6月24日 (水)

●●●●~Haluの世界その10

大変申し訳ありません。

ここに掲載されていた記事は、特許技術との関連が大きいため、削除いたしました。

2015年6月22日 (月)

間引きしない理由

Photo前々回の記事で、「今年のスイカやカボチャは間引きも誘引もしない」と宣言しました。そのうち「間引きしない」理由について説明します。

Haluの技術は、植物と共生微生物によって支えられていることは、これまで何度もご紹介してきた通りです。つまり、野菜を育てるのに「養分(肥料)」をまったく使いません。実際には、野菜が光合成で作ったブドウ糖を根から放出し、微生物はそのブドウ糖をエネルギーにしてアミノ酸やビタミンを合成したり、土壌鉱物(砂や粘土)から必要なミネラル分を吸い上げる助けをしています。

さて、まず植物の構造ですが、図の通り、茎Aに対応する根A、茎Bに対応する根Bといった具合で、地上部の茎(あるいはツル)には、それに対応する根があって、それぞれ‟対”をなしています。そして、微生物はその根の周囲に棲んでいます。それを根圏(こんけん)といいますが、距離にして根から1mm以内の範囲です。

ということは、根っこ同士が2ミリ以上離れていれば、お互いに干渉したり、競争したりすることはありません。なので、複数の株が植えてあっても、根っこが四方に伸びていけば、それぞれの茎やツルは、それに対応する根っこの共生微生物と栄養をやり取りするので、何ら問題なく成長していけるのです。

逆に、肥料栽培の場合は、特定の範囲にある養分(肥料)を根っこが奪い合う形になるので、複数株をそのままにしておくと、すべての株が栄養不足になってしまうというわけです。なので、肥料栽培の場合は、間引きは必須です。

もちろん、Haluの場合も例外はあります。それは根菜を栽培するときです。今年は初めて春まきダイコンを栽培しましたが、私はしっかり「間引き」しました。そうしないと、ダイコンが大きくなるための物理的なスペースがなくなってしまうからです。なので、根菜は例外です。

いまも、スイカ、カボチャは複数株が一緒に成長していますが、今のところ、何ら問題があるようには見えません。今年は、このまま彼ら(野菜たち)の地力をきちんと見定めるつもりです。

2015年5月14日 (木)

●●●●~Haluの世界その9

大変申し訳ありません。

ここに掲載されていた記事は、特許技術との関連が大きいため、削除いたしました。