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カテゴリー「心と体」の記事

2017年12月14日 (木)

野菜なら何でも良いのか?

最近、少し冷静に社会を見ています。

いままで、「新しい農業技術を確立しなければいけない」と、気ばかり焦っていて、なかなか周囲を見渡す余裕がありませんでした。

ようやく畑も「畑らしく」なってきて、美味しい野菜も毎日食べるようになって、少し冷静に日本という国を見られるように、気持ちにゆとりが出てきました。

私が新聞社に勤めていたころ(もう20年以上も前のことですが)、経済や社会保障制度はすでに末期的だと思っていました。

その後、いまはどうでしょうか。

直感的に書くなら、ますます「落ち込んでいる」ように見えます。

とはいえ、ネガティブになっていても仕方ありません。

原点に戻って、人間の幸せについて問い直すと、やはり私は「食べ物の不安がない生活」だと思います。

安心安全という言葉は、世間にあふれています。

それは裏を返すと「安心できない」「安全でない」証拠です。

食に関しては、いまは「オーガニック」とか「有機野菜」という言葉が流行り始めています。

世間では、農薬や添加物に疑問を持つ声が、ようやく少しずつ表に出てきたということでしょう。

けれども──。

前置きが長くなってしまいましたが、本当の問題は隠れたままです。

オーガニックって何でしょうか?

オーガニックの野菜ならなんでも良いですか?

いま食べているそのお肉、本当に安全ですか?

何が言いたいのかというと、肉食を勧める人も、野菜食を勧める人も、「肉の質」や「野菜の質」について何も言いません。

名だたる料理家も、どんな肉が良いのか、どんな野菜が良いのか、その選別方法や入手方法を語りません。

このことに、消費者はしっかり目を向けて、耳を澄ませて聞かなければいけないのです。

栄養学の専門家は言います。「肉や魚、それに野菜や穀類をバランスよく食べると良い」

本当ですか?

その栄養指導の結果、日本では2人に1人ががんになります。

どう考えたって、肉や魚、野菜の質こそが問題なのです。(と私は思っていますが、疑問に思わない人もいるでしょう。それならそれで放っておくしかありません)

そこで──。

どうやって、素材の良し悪しを見分けますか?

もはや、だれの言葉も信用できません。とくに素材については。見た目では、私だって区別ができません。

もちろん、私がこのブログで発信していることも、決して鵜呑みにしてはいけません。

残された方法はたったひとつしかありません。

自分で野菜をつくること、です。

そして、自分でつくった野菜を深く味わってみることです。

すると、誰がつくった野菜でも、安全な野菜はすぐにわかります。食べてはいけない野菜もすぐにわかります。

逆に、自分がつくった野菜は「食べてはいけない」ということがわかるかもしれません。

いま、オーガニックは大流行りです。

オーガニックは野菜だけでなく、化粧品や衣類もあります。

では、オーガニックに関係する人は、自分でオーガニックの素材をつくっているでしょうか。

もし、つくったことがない人がオーガニックを語っているとしたら──。

今の時代、あまりにも多くのひとが土から離れすぎていることが、そもそもの、問題の発端なのかもしれません。

2017年1月27日 (金)

離乳食

昨夏、初孫(女の子)が生まれました。プライベートな話なので恐縮ですが、そもそもHalu農法の開発を志したのは、「子どもには間に合わなかったけれど、せめて孫の世代には安心して食べられる農作物をつくりたい」という強い動機があったからです。

孫娘はお陰様で、母乳ですくすく育っていますが、初果汁は生後1か月のとき4億年スイカを数滴、そして5か月を過ぎたいま、ダイコンとカブを夢中で食べてくれています。ダイコンとカブは、ただ煮て裏漉ししたものです(出汁や塩分などの味付けはなし)。

スプーンを口に近づけると、両手を出して飛びつくようにパクリと口に入れ、飲み込んだ瞬間に「アァ、アァ」と催促する様子は、ひな鳥のそれによく似ているな、と感じます。

同時に、「何とか間に合いそうだ」と気を良くしています。

野菜のほかには、やはり主食である米も大事です。

肥料も農薬も使わない玄米の味を知る人は、そう多くはないと思います。私も半世紀の間、知らずに生きてきました。過去、何度か玄米を炊いて食べたことはありますが、一度も「美味しい」と感じたことはありませんでした。

いま、うちの会社で無肥料玄米の販売をしていて、同時に自分でも食べていますが、食べ続けると、不思議なことが起きました。初めのころは「栄養価が高いから」と言い聞かせて食べていたのですが、味覚が明らかに変わりました。白米を食べたいという気持ちが薄れています。

逆に、玄米がとても美味しく感じ、噛むことが楽しくなっています。


いま、量産のメドが立っているのはスイカ、ダイコン、カブです。イチゴも行けそうな感触を得ています。そのあと、どんな野菜の栽培実験をしようかと、あれこれ想像するのですが、孫の様子を見て、とりあえず離乳食をイメージしていこうかと考えています。これは、高齢者の介護食、病院食にも利用できそうですし。

2016年12月30日 (金)

とても楽しい一年でした

Halu農法をいよいよ世の中に提案していく事業を始めたのが今年の年頭でした。理解者がひとり、またひとり増え、実に楽しく、充実した時間を過ごすことができました。心より感謝しています。

すでに告知を始めていますが、来年より、Halu農法の講座のほか、プランターキットの販売、家庭菜園の開設を実行します。そのほか、新しい事業として、いよいよ養蜂にも着手する計画です。

もともと、共生微生物を繁殖させる過程で、畑にはたくさんの花が咲きます。春になると、会話できないぐらいにミツバチの羽音が響きます。「この蜜を集められたら、どんなにか美味しい製品になるだろう」と、ずっと養蜂に恋い焦がれていました。

今年は、そんな願いにぴったりの仲間とご縁ができました。

まずスタートは栃木県那須地方です。あちらこちらに広い花畑をつくっていきます。農業資材を使わず、連作するたびに共生微生物が繁殖していくHalu農法は、花畑の造成ととても相性が良いと思います。

うまくいけば来年の夏に蜂蜜が採れるようです。来年間に合わなくても、再来年の春には、たくさんの蜂蜜を世に出すことができるはずです。それと、あちこちに広大なHaluの花畑が増えてくると思うと、それだけでウキウキしてきます。

来年、さらに多くの方とご縁ができるのを楽しみにしています。

2015年11月 6日 (金)

Haluプロジェクト

ふと思いついた絵です。Haluは、人が生きるうえで最も大切な食に関する技術ですから、何にでも応用できると思います。おそらく、昨今の社会問題の多くに対しても、Haluの技術が役立つのではないかと考えています。

そのなかで、介護予防を目的としたHaluプロジェクトなんてどうでしょうか。

もともと、どの世代にも農業や家庭菜園は人気が高いと思いますが、肥料も農薬も使わないHaluの畑であれば、足腰は使いますし、畑の中にいろいろな命が共存していて、そこにいるだけで気分が良くなります。何より、“天然もの”に近い安全で美味しい野菜を食べることができます。

歳を重ねれば「介護される身になる」というイメージが先行している日本の社会ですが、私は「生涯現役」が原則だと考えています。我ながら良いアイデアだと思いますが、具体的な計画まではまだ浮かんでいません。これから畑の作業が少なくなる時期ですので、ちょっと頭を使って計画を練ってみるつもりです。

2015年6月21日 (日)

味覚をリセットしてくれるスイカ

食品添加物は、もはや私たちの食生活から切り離すことはできません。無添加、無糖、ノンアルコールなどなど。「無○○」という表現がやたらに目につくこの頃ですが、それは逆に、何にでも何らかの添加物が加わっている証拠です。

数多くの添加物によって、私たち現代人の味覚が、恐ろしいほど鈍っているのではないか。そう思わせる‟事件”が1年前に起こりました。それは、Haluのスイカを食べた人たちから返ってきた言葉によって、また、私自身の身体感覚によって判明しました。

昨年の夏、スイカを量産できたのはいいのですが、すべてを販売するだけの体制が整わず、私は2か月間、Haluのスイカを食べ続けました(種を採る意味も含めて)。そもそも、毎日食べているのに、「よく飽きないな」と自分でも不思議に思っていました。

そんなある日、有機栽培でスイカを作っている方から、スイカを1個いただきました。一口食べた瞬間、あまりの酷い味に、そのまま吐き出してしまいました。その方には大変申しわけない話なのですが、そのスイカは、そのまま庭に捨てました。そのスイカの味は、きっと堆肥(家畜糞)の味だと直感的に思いました。

21昨年のスイカは、いろいろな方に買っていただいたり、試食していただいたりして、大きな反響をいただきました。

「長いこと(市販の)スイカが食べられなかったが、Haluのスイカは美味しく食べることができた」
「Haluのスイカを食べたら、市販のスイカの雑味がわかった」

そういったコメントをいただきました。

Haluのスイカを初めて食べたとき、私自身の感想は「しっかりした甘みはある。けれど、随分とあっさりした味だな」でした。

いまの世の中で「美味しさ」というのは、複雑な味わいやコクなどを表すことが多いと思います。Haluのスイカを初めて食べたときの印象は、それとは正反対です。けれども、毎日食べられる味です。そして、もっとも重要なポイントは、ほかのスイカを食べたとき、「変な味(添加された雑味)」が分かってしまうということです。

私はこの現象を「味覚のリセット」ととらえています。

そういう不思議な体験をご希望の方は、スイカができたらぜひご賞味ください。

*写真は、昨年の試食会の様子