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2019年5月 1日 (水)

「農」と「業」を切り離す~令和の時代を生き抜く

改元した。世間ではお祭り騒ぎのようだが、新しい令和の時代は日本の歴史上、かなり印象的な時代になると思う。昭和⇒平成⇒令和の3つの時代は、確かにそれぞれ特徴があった。激動、怒涛の発展の昭和。政治や経済、そのほか、さまざまな仕組みが壊れていった平成。令和は、スタート時点ですでに社会構造が崩壊状態だ。この時代は、すべてをゼロから作り直していくことになると思う。

その最も大切な一歩になるのが、食糧生産の技術と仕組み、食生活の再構築になるだろう。

つい先日の記事では、「農業技術としての自然農法」と書いてしまったが、それは平成までで終わった。これからは「農」と「業」の切り離しが必要になる。「業」というのは、産業としての形のことで、別の言い方をすると「お金儲けの仕組み」ということになる。そもそも人間の生命そのものである「食べ物」をつくる「農」を産業のひとつに位置付けていることが、根本的に不自然だし、そのへんちくりんさに我々は気づかなければいけない。

この8年あまり、自然農法の研究をしてきて、確信していることがある。

「この大根を出荷しても、1本100円にしかならないのか。借金を返済するのに、いったい何本つくって、売らなければいけなのだろう」と計算したとき、私は農作業がとてつもなく苦しく、つまらないことのように感じた。

Kimg1868 ところが、孫が生まれて、私の育てた大根や人参を美味しそうに食べてくれて、しかも病気ひとつせずに育っている姿を見るとき、「孫に食べさせる野菜なのだ」と思うと、農作業が楽しくて仕方がなくなる。農業から「業」を切り離した瞬間、私の人生は明るく輝き始めた気がするのだ。そのことに気が付いた時から、実は野菜を出荷することを止めている。(正確には、ハル農法を応援してくださっているところでだけ、少し販売していただいている)

自分の子供や孫に食べさせるもの以外は、売るのではなく、ほしい人に差し上げる。いまはこのスタンスで畑を運営している。というのも、そもそも私は自然農法の研究をしているので、研究成果を知りたい人に情報提供すれば良いのだ。だから、畑に来た人たちには、好きなだけ野菜を持って行ってもらう。講座や農場見学会の参加費を少しいただくだけでも、とてもありがたい。

「それで生計は成り立つのか?」と、いままでなら悩んでいたと思うが、悩む必要はないこともわかっている。現金収入が必要なら、ほかに仕事をして、余った時間で畑を運営すれば良い。家族が食べるだけの野菜を作るなら、もはや自然農法は技術的に何も問題ないのだから。週末農業でも十分にたくさんの野菜を育てることはできる。ハル農法は、おかげさまで、そこまでの域に技術が高まってきた。

ハル農法は面白い。しかも野菜の質は最高だ。子供が病気せずに育つ食材であることを考えたら、大根1本が100円であるはずがない。おそらくお金には換算できない、すごい価値があるに違いない。農業から「業」を切り離すとき、農作物の本当の価値が見えてくる。そして、生命の尊さ、健康の尊さも見えてくる。そうなると、貨幣経済が崩壊したとしても、私たち人間は未来を生き抜くことができるし、そうしていかねばならない。食べ物は、生命そのもなのだ。

令和は、そのことを理解する人が増え始め、社会の構造が一新する時代になるだろう。

 

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