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2019年5月

2019年5月31日 (金)

マルチの効果~トウモロコシの場合

昨年から固定種と思われるトウモロコシ栽培を始めている。日本のホームセンターなどで手に入るトウモロコシはすべてF1品種だが、それだけだったら、何度も自家採種しているうちに、一定の形質に固定してくることが多い。ところが、トウモロコシだけは何度繰り返しても採種した種は次作でちゃんと育ってくれなかった。

日本で販売されているトウモロコシの種は、かなり遺伝子がいじられている証拠ではないかと思っている。=F1(一代交配種)と遺伝子組み換え種子とはまったく異なるものなので、ご注意を=

昨年、知り合いからタイ産のトウモロコシの種をいただき、本社農場で試験的に栽培したとき、小さな実ではあったが収穫できた。黄色と紫の混合種で、味は甘いというほどではないが、濃い風味の美味しいトウモロコシだった。

Kimg0151タイは遺伝子組み換えを禁じているので、種は固定種である可能性が高い(F1かもしれないが)。そこで、その種を取っておいて、今年使ってみた。マルチを敷いて直播、マルチを敷いて苗の植え付け、露地のまま直播、何通りか試している。露地の直播は、播いた時期が悪かったのか、発芽は不ぞろいだった。一方、マルチのほうはどれもきちんと発芽してくれた。マルチを使ったところは、やはり育ちが格段に良い。

自然農法の研究を始めて、採種したトウモロコシの種を播いて育ったのは、9年目にして初めてのことだ。少なからず感動している。

Kimg0152  ところで、いまの時期はあちこちの畑でトウモロコシの植わっている光景が見られる。どれも濃い緑色できれいにそった大きさで並んでいる。それに比べて、これらの写真のトウモロコシは薄い若葉色が特徴だ。また、株によって大きさもかなり不ぞろい。自然農法(無肥料農法)は、どれも葉の色が薄い。それに生育がばらばらになりがちというのも特徴のひとつに挙げられている。

一見、不都合のようにも思われるが、順番に収穫していけるので、少量ずつ出荷する規模の農家であれば、問題はないレベルだろう。それに、畑がもっと進化してくれば、生育もそろってくるのではないかと考えている。それも楽しみのひとつだ。

2019年5月22日 (水)

マルチの効果~カボチャの場合

Kimg0099 今年のマルチの効果、カボチャ編。昨年から今年にかけて、本社農場のある千葉県北西部は雨が降らず、ハル農法にとって極度の乾燥がアキレス腱ともいえるほど厳しい結果になった。とくに夏野菜は昨年、壊滅状態だったことから、スイカ、カボチャ、キュウリ、トマト、ナス、ピーマン、トウモロコシなど、すべてマルチを試している。そのうち、カボチャ、スイカは連休明けに苗を定植したが、予想以上に順調に育っている。
 
最初の写真は、カボチャの現在の様子で、株元はしっかり太くなり、子ヅルもきれいに出始めている。

Kimg0101 次の写真は、手前がカボチャ、奥がスイカの苗を植えている景色だが、それぞれしっかり根付いて、今年はこれからの成長が楽しみだ。いままでは夏野菜はいつも大変な思いをして育ててきたが、どの年も納得のいく結果は得られなかった。今年はどの野菜もうまく育ってくれることを願う。

2019年5月19日 (日)

極端な気候~やはり気候変動期なのか?

いつもの季節なら、とっくに売られているサツマイモの苗がまだ売りに出されていない。サツマイモ農家は、自分で苗をこしらえているらしく、例年通りに苗を定植している。その様子を見て、ウチでもサツマイモの苗を買おうとしたら、「今年は春が寒かったので、まだ苗が出てきていない」とお店の人から聞いた。

やはりそうだったか。

今年の春は、風がやたらに冷たく、いつもなら3月に種まきして、すぐに発芽する大根、小松菜も発芽状態が悪く、とても不可解だった。そもそも大根も小松菜も寒さに強い作物なのだが、あまりにも冷たい風が強く吹くと、地表がかなり冷やされて、発芽どころではなくなってしまう。その影響がサツマイモの芽出しにも現れたということだと思われる。

ただし、それはそれとして、今年はマルチを使って夏野菜を育てると決め、スイカ、カボチャ、ナス、キュウリ、トマト、ピーマン、エダマメ、トウモロコシといった野菜類に試している。経過は順調のように見える。

この春先から雨がほとんど降らない状態が続いていて、例年なら野菜が干上がっていたことだろう。マルチを使っているところは、むしろこれまで見たことがないほど順調に生育しているように見える。ここ数日は屋久島で50年に一度の大雨に襲われた地域もあるので、やはり今年も極端な乾燥か、もしくは極端な大雨のどちらかになるかもしれない。

世間では「温暖化」とか「温室効果ガスの削減」とかが問題視されているが、実は数十億年単位の地球を研究している物理学者たちは、この議論を冷やかにみている。というのも、そもそも地球の気候は、激しく変化してきており、たまたまこの1万年ほど、安定していたにすぎない。その安定期が終わって、再び”いつもの気候”に戻っていくのだとすれば、この極端な天気は当然のことと言うべきなのかもしれない。

Kimg0083ハル農法は、大雨に無類の強さを発揮する技術なので、ゲリラ豪雨はもともと心配していない。そして、マルチを使っている今年は、大干ばつも恐れる必要はなさそうだ。

久しぶりにのどかな風景を撮影する気持ちの余裕が生まれている。(写真は、スイカの苗の株元で顔をのぞかせているアマガエル。マルチの中は居心地が良いのか?)

2019年5月10日 (金)

マルチの効果~イチゴの場合

Kimg0076昨年秋からマルチを使うことを柱にして作物を育てている。とくに千葉県我孫子市に拠点を移してからというもの、利根川沿いの川砂の畑なので、水はけが良い。しかし、あまりにも水はけが良いので、夏場の乾燥には本当に苦しめられた。なので、雑草の抑制と保湿の意味で、夏野菜はマルチが有効だとは知っているが、どれほどの効果があるか、検証してみることにした。

いろいろな野菜で試しているが、春にマルチングして顕著な違いを見せているのがイチゴだった。

 Kimg0077 1.3haある畑の何か所かでイチゴを育てているが、1年半前に3株ほど植えたところの写真をご覧いただくことにする。最初の写真は、わかりにくいと思うが、手前にそのまま残した株、奥にマルチングした2株がある。次の写真は、マルチをしなかったほうを拡大したもの。最後はマルチをしたほうを拡大したもの。明らかに育ち方が違っている。マルチをしたほうは実も順調につき始めている。

Kimg0078Halu農法の理論で考えると、マルチをしたほうが生育が良いことは明白なのだが、これほど違うというのは予想外だった。

  「なるべく余計な資材やお金を使わないようにしたい」という気持ちはあるのだが、これほど違うということは、夏場のマルチを前提に、技術を固めていくのが良いのかもしれない。ほかの野菜についても、じっくり観察していこうと思う。  

 

2019年5月 3日 (金)

有機農法と自然農法はどう違うのか? その根本的な違い

最近、「オーガニック」という言葉が流行りだしている。気になるのは、消費者の安全志向から始まった流行ではなく、「オーガニックビジネス」の宣伝に踊らされている、文字通りの「流行り」のように見えることだ。オーガニックの基礎である「農業の現場」を知らない消費者は、おそらく格好の餌食になるので、注意してほしいと願う。(つまり、原料に農薬や、ホルモン剤などの肥料が使われていても、加工品になると消費者には見分けがつかないので)

いまの時点では、健康ビジネスが盛り上がっていて、「健康になるためには、オーガニックの食べ物(衣類や化粧品も)が良い」と、だれもが言う。この「だれもが言う」とか「だれもが考える」というところに、最も危険な落とし穴があるものだ。そもそもオーガニックとは何なのか?

正直なところ、よくわからない。直訳すれば「生き物由来のもの」「自然由来のもの」という感じで、範囲が広すぎてつかみどころがない。農業の現場レベルでいうと、「農薬、化学肥料、遺伝子組み換え種子を使わない」という基準があって、日本語では「有機農業」とか「有機農法」「有機栽培」という言葉が使われている。では、化学肥料を使わず、有機肥料を使う農作物は本当に安全なのかというと、それがそうでもない。たとえば、遺伝子組み換え作物で、しかも農薬や抗生剤たっぷりの飼料作物を食べている家畜(牛、豚、鶏)の糞を使った有機肥料については、とくに規制はなく野放し状態。だから私個人は有機肥料も安全ではないと思っている。

と、ここまで書いて、ようやく本題に入ってきた。安全だと思われているオーガニックの作物、つまり有機農法によって栽培された作物と、自然農法の作物、どこがどう違うのか? 自然農法の作物はオーガニックの作物ではないのか?

つい先日、ヘルスコーチという専門職の方々と打ち合わせをする機会があり、深く考えさせられる場面があった。それが、この記事のタイトルでもある「有機農法と自然農法の違い」に関する問題だ。ヘルスコーチという職種に限らず、医療や栄養学などの専門家は、だれもが「オーガニック」を薦めている。だから、食べ物については有機農法の作物なら何でもOKだと考えている。そして、専門家の多くは、自然農法の存在を知らないという。たとえ知っていても、有機農法と自然農法の違いまで知っている人はいないようだ。

そんな話になると、いままで頑張ってきた努力では、まだまだ足りないのだと思う。しかし、落ち込んでもいられない。その場で「有機農法と自然農法の違い」について説明してみた。すると、とりあえずは理解していただけたようだ。その説明とは以下のものだった。

Photo 「有機農業に限らず、いまの農業は“循環”の考え方を基本にしている。植物を動物が食べ、動物を微生物が分解し、分解された栄養で植物が育つ。その考えを基本にしているから、植物の栄養分である肥料を畑や田んぼに入れている。その栄養分を化学肥料に頼るのか、有機肥料に頼るのかどうかは別にして、植物の栄養分を施す考え方は同じである」

「自然農法は、“循環”ではない。地球の生命は、38億年前に生命の祖先である微生物が生まれて以来、種類、量ともに増え続けている。過去、5回ほど隕石や気候変動などで大量絶滅の危機を経験しているが、常に生命は増え続けている。その自然の仕組みを応用した技術だから、肥料は要らないし、栄養価の高い作物ができる。それが自然農法である」

図は、Halu農法基礎講座のテキストで使っているもので、地球の生命は、生態系ごと徐々に膨らんできている。つまり、循環ではないのだ。

こんなことをいう農業の専門家は、日本には存在しないかもしれない。ところが、物理学や生物学を専門にしている人と話をすると、この話はストンと落ちるようだ。結論から言うと、有機農法だろうが、自然農法だろうが、安全で美味しければどちらでもいい。しかし、両者は根本的に違う考え方で農作物を育てているのだということは、そろそろ声を大きくして説明しなければいけないと思う。

2019年5月 1日 (水)

「農」と「業」を切り離す~令和の時代を生き抜く

改元した。世間ではお祭り騒ぎのようだが、新しい令和の時代は日本の歴史上、かなり印象的な時代になると思う。昭和⇒平成⇒令和の3つの時代は、確かにそれぞれ特徴があった。激動、怒涛の発展の昭和。政治や経済、そのほか、さまざまな仕組みが壊れていった平成。令和は、スタート時点ですでに社会構造が崩壊状態だ。この時代は、すべてをゼロから作り直していくことになると思う。

その最も大切な一歩になるのが、食糧生産の技術と仕組み、食生活の再構築になるだろう。

つい先日の記事では、「農業技術としての自然農法」と書いてしまったが、それは平成までで終わった。これからは「農」と「業」の切り離しが必要になる。「業」というのは、産業としての形のことで、別の言い方をすると「お金儲けの仕組み」ということになる。そもそも人間の生命そのものである「食べ物」をつくる「農」を産業のひとつに位置付けていることが、根本的に不自然だし、そのへんちくりんさに我々は気づかなければいけない。

この8年あまり、自然農法の研究をしてきて、確信していることがある。

「この大根を出荷しても、1本100円にしかならないのか。借金を返済するのに、いったい何本つくって、売らなければいけなのだろう」と計算したとき、私は農作業がとてつもなく苦しく、つまらないことのように感じた。

Kimg1868 ところが、孫が生まれて、私の育てた大根や人参を美味しそうに食べてくれて、しかも病気ひとつせずに育っている姿を見るとき、「孫に食べさせる野菜なのだ」と思うと、農作業が楽しくて仕方がなくなる。農業から「業」を切り離した瞬間、私の人生は明るく輝き始めた気がするのだ。そのことに気が付いた時から、実は野菜を出荷することを止めている。(正確には、ハル農法を応援してくださっているところでだけ、少し販売していただいている)

自分の子供や孫に食べさせるもの以外は、売るのではなく、ほしい人に差し上げる。いまはこのスタンスで畑を運営している。というのも、そもそも私は自然農法の研究をしているので、研究成果を知りたい人に情報提供すれば良いのだ。だから、畑に来た人たちには、好きなだけ野菜を持って行ってもらう。講座や農場見学会の参加費を少しいただくだけでも、とてもありがたい。

「それで生計は成り立つのか?」と、いままでなら悩んでいたと思うが、悩む必要はないこともわかっている。現金収入が必要なら、ほかに仕事をして、余った時間で畑を運営すれば良い。家族が食べるだけの野菜を作るなら、もはや自然農法は技術的に何も問題ないのだから。週末農業でも十分にたくさんの野菜を育てることはできる。ハル農法は、おかげさまで、そこまでの域に技術が高まってきた。

ハル農法は面白い。しかも野菜の質は最高だ。子供が病気せずに育つ食材であることを考えたら、大根1本が100円であるはずがない。おそらくお金には換算できない、すごい価値があるに違いない。農業から「業」を切り離すとき、農作物の本当の価値が見えてくる。そして、生命の尊さ、健康の尊さも見えてくる。そうなると、貨幣経済が崩壊したとしても、私たち人間は未来を生き抜くことができるし、そうしていかねばならない。食べ物は、生命そのもなのだ。

令和は、そのことを理解する人が増え始め、社会の構造が一新する時代になるだろう。

 

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