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2019年1月30日 (水)

虐待死というカルマと自然農法

私の住む千葉県我孫子市に近い野田市で、10歳の少女が父親の虐待を受けて亡くなった。子供への虐待、配偶者への暴力、昔より増えているのか、減っているのかはわからない。こうした事件が起きると、マスメディアに登場するいわゆる専門家は、いつも加害者を糾弾する。しかし、私はどうしても、加害者を責める気になれないのだ。
 
なぜなら、加害者が子供の時、親から同じことをされていた可能性が高いと思うからだ。自分がされてきたことを、無意識のうちに自分の子供にしてしまう。これをカルマ(業)という。

先祖代々受け継がれてくる負の遺産とでも言おうか。親から与えられるさまざまなプレッシャーは、子供の価値観を決定づける大きな要因となる。いま私たち現代人は、そのカルマを断ち切る知恵を必要としている。そのひとつの答えが自然農法であろうと考えている。

農業に肥料が必要であると、いまの農業関係者は信じ込んでいる。無肥料栽培は本線から外れた「変わった農法のひとつ」と考えられている。これも、農業の世界のカルマのひとつだろう。

人間は自由な生き物だ。いや、地球の生命はすべて自由な存在だ。カルマなど存在せず、すべての生命はあるがままに生きているし、またそう生きるべきなのだ。

肥料が必要だと思う人は使えばいい。しかし、必要ないという人は使う必要はない。不思議と、自然農法を実践する人は、肥料栽培を非難することはない。ところが、肥料栽培を実践している人は、自然農法を否定する。これがカルマの証拠だろう。

自然農法に接していると、植物にしろ、動物にしろ、自然の生き物をあるがままに受け止める以外にない。排除の論理がないのだ。もし、作物が虫食いや病気で全滅しても、ただただ目の前の状況を受け入れて、あとは自分の知恵を絞るしかない。

そして、多少の時間がかかっても、自然界は我々を受け入れてくれる。作物は育ってくれるようになる。このことは、おそらく子育てにも同じことが言えるのではないかと考えている。まずは学校現場に、自然農法の畑を導入してはどうだろうか。

ただ、そんな考えがいまの日本に届くのかどうか。私自身は少し悲観的なので、近い将来、自分で学校を立ち上げようかと思案している。

★★★★★

ちなみに、学校の教師陣は、学術面は博士号を持つ人のみで、実技面は一流の職人さん、そして非常勤講師として各界のトップランナーを想定している。水面下でネットワークを構築中‼

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