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2018年11月

2018年11月11日 (日)

自給自足は可能なのか?

自給自足は、個人の問題として考える場合と、コミュニティーあるいは国家として考える場合では、いろいろ条件が異なるかもしれない。しかし、基本的なことは共通している。

「1,000年後、10,000年後も自給自足可能な農業技術を我々は持っているのか?」

答えは、(現時点では)「ノー」と言うしかない。前回の記事で書いたように、肥料は有限なので、1,000年どころか、下手をすれば数十年で枯渇してしまう。そこいらの雑草や木の実を食べて生きていけるなら話は別だが、たぶん無理だろう。

当然、70億以上の人間の食糧をまかなえるはずもなく、近い将来、地球はとんでもない食糧難パニックに襲われる。これは寝ぼけているわけでなく、すっきり目覚めた脳みそで近未来を予測しているのだ。

もともとジャーナリストとして仕事を続けてきて、政治、経済、社会、医療、福祉、教育といったさまざまな分野の最先端の情報に触れる機会をいただいてきた。普通なら、これだけ多くの分野となると、独学では「広く浅く」といった知識になりがちだと思う。

ところが、ジャーナリストという仕事は、第一線で活躍する人たちに直接取材するという特種な仕事だったために、純度の高い情報を、とても効率よく得ることができた。その意味では、おそらく「広く深く」事象を理解することができたように思う。

そうした経験が「日本という国が崩壊し始めている」という警戒感を呼び起こし、「自然農法に突っ込め」と無意識に私の人生を誘導してきたのかもしれない。そしていま、自然農法の認知度がいまだに低いいまま、いよいよ地球全体に赤信号が灯ったように感じている。とくに食糧問題は、かなり深刻さを増しているのではないか。そう感じる理由は以下のことだ。

1. ここ数年、異常気象の度合いが強くなっている。
2. 難民の問題が世界中に飛び火している。
3. アメリカをはじめとして、欧州にも孤立主義化の傾向が見え始めている。(肥料原料の囲い込みが間もなく始まる可能性あり)

ざっとこの3点が思い浮かぶ。そして、日本の状況はさらに深刻だ。

4. 少子化が加速している。
5 農業の担い手がいない。
6. 実質的な食糧自給率が相変わらずゼロ%のままで、次の手を打とうとしていない。

いまだに日本人は誰も気づいていないようだが、いまの日本は有史以来、もっとも情けない国の姿をさらしている。それが食糧自給率ゼロ%という現実だ。

地球の生き物のなかで、自分で食べ物を調達できない動物を呼ぶ言葉がある。それは「家畜」と「ペット」だ。

彼らは、エサを与えられるかわりに、卵を産んだり、乳や自分の肉を提供したり、あるいは走らされたり、芸を披露させられたりしている。つまり、エサをもらって何らかの仕事をさせられているのだ。

それ以外の動物は、必ず自分の力で食糧を確保している。

では、いまの日本人はどうだろう。食糧自給率ゼロ%ということは、海外からエサ(あるいはエサの元=肥料=)を与えられて、何らかの仕事をさせられているにすぎない。それは「家畜」として生活していることにほかならないのだ。

食糧を自分で確保できない動物に「本当の自由」はない。だからこそ──

自給自足できる農業技術(自然農法)は、いまの日本にとって、かけがえのない技術ではないだろうか。なにも、個人個人すべてが自給自足する必要はないとしても、国家として自給自足できる技術や仕組みを作らなければ、家畜としての立場から脱出することはできない。

そして、肥料に頼らない技術を確立できなければ、結局のところ日本だけでなく世界で食糧がなくなり、日本は最初に見捨てられることになるだろう。

このメッセージは、受け取ってくれる人が全くいないかもしれない。しかし、せめて自分の孫の未来を守るために、へこたれずに頑張っていこうと、最近あらためて思う。

2018年11月 4日 (日)

二択問題。日本の農業はいつまでもつか? A 40年。B 永久。

今か今かと待っていたが、いつまで経っても議論にならない。本当に不思議な国だ。

日本の食糧自給率は年々低下していて、直近の数字ではカロリーベースで38%だという。しかし、もっと深刻な問題がある。それは、肥料の自給率だ。

肥料の3大要素と言われる窒素、リン酸(リン)、カリ(カリウム)は、いずれも天然資源を原料にしている。窒素は石油・天然ガス、リンとカリウムは天然鉱石。日本は3つとも、100%輸入に頼っている。

つまり、本当の食糧自給率はほぼゼロ%なのだ。

そもそも自給率ゼロ%の状態で独立国家と呼べるのかさえ疑問だが、そこに恐ろしい問題が隠されている。天然資源の埋蔵量だ。採掘量から計算すると、原油は40年、リン鉱石が300年、カリウム鉱石が370年だという。
*データはみずほ情報総研より。

肥料の中でも「特に重要」と農家が考えている窒素肥料は、40年後になくなってしまう。仮に天然ガスで延命できる可能性があっても、輸出国がまず外に出さないだろう。

リン鉱石については、「石油より早く枯渇する可能性がある」と一時大騒ぎになり、アメリカは輸出を停止し、中国もいずれ禁輸措置を取ることは必至だ。そうなったとき、日本は選択を迫られる。

餓死か、100%海外からの食糧に頼るか。

しかも、遠い未来の話ではなく、いま生まれてきている子供たちが働き盛りになるころ、確実に目の前に現れる問題なのだ。日本の政治家や食にかかわる人たちは、本当にこのまま放っておくつもりなのか? 本当に気づかないのか、あるいは知らんぷりを決め込んでいるのか?
 
「農業の成長産業化」と政府は言うが、どうも怪しい。というのも、国立大学の農学部の教授や、農水省の外郭団体の専門家など、複数の人たちから、ある妙な言葉を聞いていただからだ。

それは、「日本で(食糧を)作れなかったら、輸入すればいい」という言葉だ。それを聞いて仰天した私は、すかさず突っ込んでみた。「それは、日本の政府は、実は日本に食糧問題はないと考えているということですか?」と。(つまり、食糧自給率を上げようという政策はカムフラージュなのか?という質問)

その質問に対し、いずれも「Yes」だというのだ。

もし、私が新聞記者の名刺を持っていたら、そんな答えが返ってくるはずがない。私が自然農法の研究にとりつかれた頭の狂った人間だと思って油断したとしか考えられない。しかし、狂っているのは、本当に私のほうなのか?

「別に輸入食糧だけでいいよ」という人はそれで良いだろう。しかし、私はそう思わない。子供にも、孫にも、食糧を100%自給する環境で生活をしてほしい。そのためには、肥料に頼らない農業技術が必要なのだ。

もし、自然農法がしっかり普及すれば、家畜の飼料作物も自給できるようになる。すると、自然由来の家畜糞が良質な肥料になるから、肥料栽培もある程度継続できるようになるはずだ。

いずれにしても、肥料原料の輸出国が禁輸の判断を早めれば、それで日本の農業は終了する。そして、肥料原料がいよいよ枯渇したとき、食糧輸入もできないわけなので、我々の子孫は餓死するしかない。

自然農法の研究に課せられた役割は、とても大きいのだ。

*文章をすっきりさせたくて、ですますを改めました。

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