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2017年4月 9日 (日)

生命の無限拡大連鎖~Haluの世界その19

Halu農法を支える自然観のひとつです。これまでにも、同じ趣旨のことは書いているのですが、なかなか表現が難しく、悩みは尽きません。今回は、表題の通り「生命の無限拡大連鎖」という表現を試みてみます。(今回は、丁寧に書いてみたので長文です)
 
これまでの農業技術の基本になっている自然観は、「循環」です。植物を動物が食べ、動物の遺体を微生物が分解し、分解されたものが養分になって植物が育つ。「食物連鎖」という表現も理科の教科書に書かれています。この「循環」の考え方は、生態学であったり、環境学であったり、さまざまな学問にも共通しています。

ひとくちに「循環」といっても、具体的にはどんなイメージでしょうか。血液が身体のなかで循環するようなイメージ? 廃棄物を再利用して「循環型社会」を目指そうという標語もあります。共通するのは、「あるもの」がぐるぐる巡って元に戻り、それを繰り返していく状態です。

しかし、この「循環」という表現は、無意識のうちに、私たちの思考に大きな制約を与えています。それは、「循環している物質は、姿形を変えるだけで、その量は増えもしないし、減りもせず、一定である」という固定観念です。物理学とか化学にも「質量保存の法則」とか「エネルギー保存の法則」とか呼ばれている考え方もあるため、ほとんどの人が、この「循環」の考え方に疑問を持っていないようです。

そしてその延長に、現代農業の考え方があります。

よく農学の考え方の例として、窒素の重量換算が使われています。たとえば1反(1,000㎡)の畑でコマツナなどの葉物野菜を栽培したとき、収穫して畑から持ち出したコマツナの成分のうち、窒素の重量を計算します。もし、窒素換算で10㎏持ち出したとすると、畑に窒素肥料を10㎏補わなければいけない、という考え方です。
 
窒素を補うことによって、循環が成立し、半永久的に作物が栽培できる。──もちろん、窒素以外にも必要な栄養素がありますから、それらを総合して「肥料」と呼んでいます。半世紀前、化学肥料の登場は、「緑の革命」ともてはやされたそうです。

「そういうものだ」と教われば、「そういうものなのか」と受け取るしかありません。なので、この「循環」に疑問を持たないうちは、Halu農法なんて無用の技術です。むしろいかがわしいとさえ思うかもしれません。

そこで、ひとつ例を挙げて考えてみましょう。

どなたか近しい人が亡くなったときのことを思い浮かべてみてください。現代医学では、心臓の停止を「死」と定義しています。心停止の瞬間を医師が「死」と診断し、法的にも「死」が認められます。いまは少し複雑で、脳の血流が止まってしまい、「脳死」という考え方もありますが、いずれにしても、「死」の瞬間は、どこかにあります。

そこで疑問が生まれます。

「死」の0.1秒前と、0.1秒後では、物質的に何か違いはあるでしょうか? 

私たちは知っています。「生きている人間」と「死んでしまった人間」は、まったく別物であると。だから、近しい人が亡くなると、悲しみに暮れます。

しかし、死ぬ直前と死んだ直後では、物質としては、何ら変わっていません。そこでもし、私が「人間なんて生きていようが死んでいようが、肉の塊であることに変わりないじゃないか」などとつぶやこうものなら、きっと周りから非難を浴びること必至でしょう。

「生きている人間」と「死んでしまった人間」は、あきらかに違う存在です。ところが、人間以外の生き物(ペットを除く)について、現代人は生体と死体を区別しません。畑から生きているコマツナを収穫しても、「窒素10㎏持ち出したから、10㎏補おう」と、文字通り無機質に考えています。命を扱っているにもかかわらず、初めから「死体扱い」であることに、私たち現代人は大いに違和感を持つべきなのです。

現代人は、無機物の循環を基本に置いてしまったために、命の循環と物質循環を混同しています。とくに命を扱う農業は、命の循環を正しくとらえなければいけません。それがHalu農法の出発点です。

そしてここからが本題です。

地球が誕生してから間もなく(といっても数億年たってからですが)、生命の祖先である微生物が誕生しました。その微生物はひとつの細胞からなる身体を持っていて、単細胞生物と分類されます。やがて複数の細胞を持つ多細胞生物に進化します。多細胞生物は進化と分化を繰り返し、時間とともに生命の種類も数もどんどん増えてきました。

このような説明を聞いても、ほとんどの人は疑問を持たず、すんなり受け入れるだろうと思います。生命は増えている。これは直観的に理解できます。

では、農作物をつくる畑のなかの生命は?

増えていますか? 減っていますか? それとも一定量のままですか?

突き詰めて考えてみると、いまの農業技術は、畑の中の生命(といっても作物だけしか見ていないようですが)は、常に一定であることが前提になっています。しかも、生体と死体の区別をつけていません。だから「収穫して畑から持ち出した分を補う」と考えるのです。

しかし、もう一度地球の歴史を振り返ってみましょう。生命は増えてきています。人間の食べ物である植物は、何もしなくても育つようにできているはずですよね。しかも、何かの種族だけが増えるのではなく、すべての種族(微生物や昆虫、爬虫類、魚類、哺乳類、鳥類など)が調和を保ちながらいっしょに増えている──そこが最大のポイントです。

植物が何も生えていない空き地を想像してみてください。放っておくとどうなるでしょうか。雑草が生え、そのうち手が付けられないほど繁殖します。やがて背の低い灌木が生えてきて、雑木林になります。土の中では根が張り、微生物が増えます。微生物を食べる小動物が増え、さらに大型の動物へと食物連鎖は拡大しながら続いていきます。

地球の生命は、さまざまな種族が食物連鎖の調和を保ちながら、増殖し続けています。地球には、そもそもその仕組みがある、ということです。それが「生命の無限拡大連鎖」です。

Halu農法は、その自然観を基盤にしています。Haluの畑には、さまざまな生命がいます。豊かな生態系をつくり、調和したまま生命の数が増加します。その一環で農作物ができるのです。生態系のなかには、もちろん人間も含まれます。なので、作物も増えるし、人間も増えていくでしょう。

では、現代農業の技術では、生命は増えないのか?

肥料を使う畑で、例外的にうまくいっているケースがあるでしょう。極めて適切に肥料を投入することで、肥料を分解する微生物が増え、その微生物を食べる小動物が増え、バランスを取りながら生命が増える。その一環で、虫食いや病気のない健康な野菜もできる。

しかし、ほとんどは失敗でしょう。でなければ、農薬という商品が売られるわけがありません。肥料を使えば、その肥料を分解する特定の微生物が大繁殖します。そして、その特定の微生物を食べる特定の小動物が大繁殖します。バランスを欠いた拡大連鎖です。なかには病原菌や害虫がいて、作物をダメにします。そこで薬を使い、微生物や虫を殺します。

薬を使わず、野菜のほうを見殺しにするか、薬で微生物と虫を殺すか。どちらにしても、「生命の無限拡大連鎖」はありません。

結果的に畑が荒れて、耕作放棄地になると、直後から生命が増えていく拡大連鎖の仕組みが働きます。現代社会は、人間が手をかけるところ、生命はどんどん減っていき、人間が手をかけるのを止めると、生命が増えていく。そんなふうに見えます。

Halu農法は、土の中に何も入れません。そもそも地球に備わった仕組みを活用するわけですから、いまそこにある環境をそのまま使うだけです。大切なのは、「生命の拡大連鎖の仕組みが働きやすい環境を我々人間が整える」ことです。

環境が整うと、すべての生命が調和しながら増えていきます。野菜も自然にできるようになる、というわけです。

いつも理屈っぽくなってしまい、とても心苦しく思います。あとはHaluの畑を見れば一目瞭然です。Haluの畑に立てば、生命が大きく膨らんでいることを身体で感じることができます。たぶん、健康になります。

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コメント

おはようございます
沖縄県宮古島で兼業農家をしてます
友利と申します
永田農法から入り、無農薬→自然栽培に移行しました
土の中の細菌(たんぱく質)の重さが同じ面積に投入する窒素系の肥料と
ほぼ同じ事を知り
土中細菌を増殖させれば肥料は要らない
という考え方に行着き
永田農法の基本的な畝を改良したり、豆科を植えてみたりするなかで共生菌の存在を知り
豆科からのアブラナ科もしくはアカザ科の輪作を経て、ナス科や瓜科の栽培に行着きました
これは特許レベルの発見じゃないか?と思って
「自然栽培 特許」で検索したところ
ほぼ同じ畝、共生菌のとらえ方、さらに(これが一番の共感というか、そうそうそれそれって思った)家畜のふんの考え方
もう居るじゃん⁉というガッカリ感と、やっぱり同じこと考える人が居たんだという安心感というかウキウキ感が何かの臨界を突破したので投稿させていただきました
ちなみにNHKの番組で高山植物が岩の割れ目から生えてるのと、ファインディングニモに出てくるエイ先生が言ってたシアノバクテリアが自然栽培に移行するきっかけでした
ではそろそろ畑に行ってきます

友利さん、初めまして。コメントありがとうございます。とても励みになります。
 
時代は動いていて、従来の考え方や価値観の延長ではなく、新しい考え、価値観を求める力はますます大きく、強くなっているように感じています。
 
最近になってようやくですが、植物がこちらに何か語りかけているような感覚を持てるようになってきました。この世はとても面白いです。

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