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2014年6月26日 (木)

自然農法の定義について

9農業は、とても魅力のある仕事だと思います。ところが、現実の農家は高齢化と後継者不足に悩まされています。一方。新規就農を希望する人は多いのに、農業に関するいろいろな情報を集めるほどに混乱します。私は、「そろそろ、だれにでも理解でき、実践できる農業があっても良いのではないか」と考えています。

親戚に農家はいない。農学の知識もない。お金もない。けれども農業がしたい。

私自身がそんな人間でした。

畑を始めてから最大の壁になったのは、「農家の数だけ農法がある」という現状でした。なぜこんな事態が起きるのでしょうか。最近になって、ようやく理由がわかりました。それは「再現性」が極端に低いからです。

STAP細胞の一連の報道でにわかに使われるようになった「再現性」こそ、とても重要な問題です。少なくとも「農法」と名乗るからには、だれにでも、どこでも再現できる技術でなければいけません。それなのに、「農業は、100人の農家がいると、100の農法がある」という表現をあちらこちらで見かけます。

それはつまり、そもそも農業界に「農法」なるものが存在せず、実践者が個人の努力と能力で農業をしているというだけの話なのです。

「化学肥料と農薬を使えば、だれでも作物はできる。これは再現性が高いということではないか」と反論されそうですが、それは誤りだと思います。化学肥料を使って土壌が壊れ、病害虫を防ぐために、より強力な農薬の開発、あるいは病害虫に強い遺伝子組み換え技術の研究があってこその技術です。同じ農薬を使い続けることができず、また連作もできません。私自身は、これを「農法」と呼ぶには大きな抵抗があります。

化学肥料をや農薬を使う慣行栽培はさておいて、「自然農法」という言葉について、そろそろ明確な定義があっても良いと考えています。そこで、「再現性」という観点から、試案をまとめました。とてもシンプルなものです。

自然農法の定義案
1. 毎年同じ方法で作物ができる。
2. 連作ができる。

補足
*どんな肥料を使っても良い⇒実際に肥料を使えば防除が必要になり、連作障害が出るでしょう。(私は肥料も緑肥も雑草さえも、一切使っていません。)
*耕起でも不耕起でも良い⇒農業(耕起)を目指すか、自給自足(不耕起)を目指すかという生き方の問題だと考えています。(私は大量に作付する目的で耕しています。草刈りもします。)
*上記2項目を満たすためには、必然的に無肥料栽培に向かって収束すると思われます。
以上

ざっとこんな感じです。これくらい単純に定義される技術であれば、だれでも自然農法で新規就農が可能になるでしょう。たとえば、有機肥料を使いながら「自然農法」と自称する農家もいますが、毎年同じ有機肥料を使い、連作できるなら、それを自然農法と読んで差支えないと思います。つまり、「再現性」が確保されているからです。

私は、自然農法を目指す人に対して、このメッセージを大きな声で伝えたいと思うのです。

「自然農法は、世界中のどこでも、だれにでもできる農業技術です」と。

今年、スイカとメロンが量産できたら、その段階で「農業ビジネスに結び付く自然農法の実践方法」を具体的にまとめようと考えています。

*写真は、今朝のスイカの様子です。着果9日目。昨日は、瞬間的に大量の雨が降ったため、泥が跳ねてスイカやメロンが泥だらけになっていました。病気が心配ですが、なんとか耐えてくれるよう祈っています。

 
 


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